2013年10月02日

荒瀬町、給人町、米屋町そして






2013年10月2日(水)午前7時10分

最近は散策と言ってもただ歩くだけではもったいないと考えるようになった。
そのひとつが『旧町名を探す』こと。

昨日は現在の酒田市新井田町、一番町の辺りを歩いた。

この地域は1976年(昭和51年)10月29日に起こった酒田大火で焼失したところ。
新井田川でかろうじて火は止まったが、火の粉は風で向こう岸までぶんぶん飛んだと言う。

私はすでに就職していて宮城県岩沼市で酒田大火を知り、
次の日の一番電車で酒田に駆け付けた。

私の多くいた同級生の家もすっかり燃え落ちてどこがどこなのかわからない状態だった。

それから復興が始まり、新しい街並みができるまで何年かかっただろうか。
昔の面影を探しながらの散策となったが、残念ながら記憶に残るものはほとんどなく、
町名を記した標柱を見ると何となく安堵のため息が出た。

写真は現在の新井田町一番北側に位置する『荒瀬町(あらせまち)』。
石川さんと言う知人がいたが今はいない。




米屋町は現在の資料館の近く。
昔はもっと細い通りだったような気がしたが面影は見えない。






給人町は荒瀬町から南側へ行った通り。
丸藤菓子舗周辺にお稲荷さんが立派にある。






山王堂町(さんのうどうまち)。
この辺から記憶があいまいになる。
昔はこんな通りではなかったと思う。
給人町の一本東側の通りとなる。
ここにもお稲荷さんがある。






そうそう、八軒町(はちけんまち)があった。
私の祖父側の親戚がこの辺にあったが、その後酒田市緑町に移転している。
現在の酒田郵便局の北側辺りがこの地域だ。
確か小川があったような気がしたが忘れてしまった。


記憶があいまいで確かな情報ではないことを一言付け加えたい。
少し光丘文庫あたりでその当時の酒田の地理を確認してみたい気がする。


来週の月曜には『湊さかた、街あるき再発見』などと言う催しがあって、
酒田の歴史に触れながらの街あるきを行うことにしている。

その中には『旧河岸八町』などと言う聞いたことも無い言葉まで入っている。
散策もここまで行くと歴史のお勉強みたいになってしまった。





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Posted by めだかの親分 at 07:48│Comments(0)酒田の歴史
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