2016年06月06日

能登興屋の灯台跡











2016年6月6日(月)

酒田市高砂は昔能登興屋(のどごや)と呼ばれ、
光ヶ丘野球場と陸上競技場の間の道をまっすぐに北へ向かうと、
現在の国道112号線にぶつかり、さらにまっすぐに進むと郵便局などがあった。

そこもなおまっすぐに進むと一軒のお店にぶつかった。
左へ曲がると強烈なのぼり坂が出現する。
ようやく登り切ると灯台があった。
能登興屋灯台だった。

初代酒田灯台は明治28年宮野浦地区に設置された。
現在そのときの木造6角洋式灯台は日和山公園に飾られている。
そして二代目は昭和33年コンクリート製のものが作られたとあるが、
この能登興屋地区の坂の上に建てられたのだった。

その後酒田北港開発が進み新しい「酒田北港緑地展望台」として生まれ変わっている。
これが三代目の酒田灯台となる。
平成11年12月の点灯であった。

二代目酒田灯台のあった場所は今「高砂灯台自然公園」となっている。
木製の碑には「国定公園飛島を望む能登興屋灯台場跡」と記されていた。
そして慈母観音像が建てられていた。


私が高校生の頃、この場所には良く来た記憶がある。
灯台のところまで登ればあとはまっすぐに海が見えた。
まだ開発が進む前の話である。

今はもう黒松の木々などが大きくなり、
海はほとんど見えなくなってしまった。
その代わりに緑地展望台や風車が見えたりする。

海岸方面へ続く道があった。
降りていくと海岸道路へ続いていた。


















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Posted by めだかの親分 at 08:13│Comments(2)酒田の歴史
この記事へのコメント
説明していただくとq4nわかります。
地見興屋はどんな意味でしょう。
Posted by あの at 2016年06月08日 22:22
★ あの 様

申し訳ありませんがコメントの意味がよくわかりません。
「q4n」とは何でしょうか?地見興屋の何の意味でしょうか?
Posted by めだかの親分めだかの親分 at 2016年06月08日 22:50
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